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更新日:2019年4月11日


2019、2、14

その年の国家試験は、有り難いことに我が南大阪視覚支援学校の大会議室で行われた。

ここで説明しなくてはならないのは、我々視覚障害を持つものは、一般の受験者より

も少し時間を延長して試験に臨むことが許されている。

弱視のものや、私のようにデージー(録音された試験問題を耳で聴いて解答する方法)で

臨むものは、どうしても時間を要するためである。

ということで、視覚障碍者は大阪市内の北・南視覚支援学校理療科が合同で国家試験

に挑む。

その会場がたまたま我が学校であったということである。

もちろん出題される問題、その量は一般のそれと同じものである。

「視覚障碍者にとってその仕事に付けなければ生きては行けないのだから、試験も優

遇して欲しい」という意見も時々聞く。

しかし僕はそれは違うと考える。

視覚障碍者が優遇されて社会に出た場合「ああ、あいつは優遇されて資格を手にした

施術者だからな」という目で見られるようになるだろう。

もちろん視覚障碍者が健常者と同じ条件で国家試験に臨むのは、勉強期間の三年間も、

試験当日もハンディーのあることだろう。

でも、やらねばならないのだ。

堂々と胸を張って社会に出て行くためにも。

 
 
 

更新日:2019年7月24日


2019、2、10


2017年の年明けから国家試験本番の2月最終土日まではあっと言う間だった。

今更どこを集中的に勉強すればいいかも分からない。

三年間一心不乱に培ってきたものが自分のものになっていることを信じるしかない。

それで2月に入ったぐらいから変に落ち着いて来た。

毎日のんびりと三年間の資料を見直す日々。

後問題は、現在周りで流行っているインフルエンザに感染しないことだが、考えた末

予防注射は受けないことにした。

学校としては煩くワクチン接種を勧めていたが、今まであえて手を出さなかったので

それを今回も貫くこととした。

もし高熱を出して試験が受けられないとしても自業自得だ。

2月に入るとほとんど授業はなく、自宅で静かに勉強したいものはそのように、学校

で質問したいものはそのようにと、先生方は教室で待機して下さっている。

僕はほとんど登校し、様々な先生に質問しながら日々を送った。

今から思えば、培った知識を確認したり、分からないで放置したままになった問題点

を解決したりするような作業を、どこかで楽しんでいたようなところがあった。

京都の盲学校に在学していたころは、何とかめんどくさい勉強から逃れることばかり

を考え、ギターばかり弾いていた。

勉強することは根っから嫌いで、不得手なことと決めつけていた。

それは興味の持てないことばかりだったからだ。

でも50を超えてから三年間机の前に座ってみて、それがさほど不得手なことでもな

いことに気付いた。

そしてもう一つ大きな発見は、自分には僕自身が驚くほどの粘りがあるということ。

ここで声を大にして言えることは、粘りさえあれば頭の悪さはある程度までカバーで

きる、ということ。

そして逆に頭が良くても、粘りがなければそれは結果を齎さない、ということ。

そしてまた、粘りは心の底で好きなことだからこそ引き出せるエネルギーである、と

いうこと。

これがこの三年間で発見した気付かなかった自分の力であった。

そして結果国家試験前日を、とても体調の良い状態で迎えていた。

土曜日の朝はいつも通りの5時に起き、ゆっくりと朝食を取って、少し資料に目を通

してから試験会場に向かった。

底冷えのする寒い朝だった。

 
 
 

更新日:2019年4月11日


2018、11、1

ある先生が「正月三が日ぐらいは遊んでください、高くジャンプするときには一度し

ゃがまないといけません」とおっしゃった。

でもやはり正月二日目からパソコンに向かっていた。

何かやっていないと逆にストレスになる、というのが受験生の病気ともいえる。

三が日は子供のころからずっとそうであったように、やはり曇り空だった。

年明け登校するとすぐに実力テストである。

まるまる二日間、朝8時から夕方4時まで缶詰になって、国家試験本番さながら全国

模試を受ける。

恐ろしく難しい。

全国の理療科の先生が問題を出し合って試験問題を作るらしい。

「わしはこんな難しいことも知っとるんだぞ!どうだこの問題は盲点を突いた素晴ら

しい出題だろう!」という、先生同志の見栄の張り合いがにじみ出たものだ。

国家試験を一か月前に控えた学生たちに、踏まえておくべき基礎的な知識の確認とい

う配慮は全くない。

だから国家試験に臨む自分たちが今どの辺りのレベルであるかを知る手がかりには全

くならない。

結果我々の自信を喪失させることだけが目的、というものになっている。

そのようにしていよいよ三年生の学期末が始まった。

 
 
 

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