最終更新: 2019年4月11日


2019、4、10

国家試験当日の前の夜や、その日の朝をどういう気持ちで過ごしたか、今となっては

うまく思い出せない。

ぐっすり眠れたし、目覚めも快調だったと思う。

多分緊張というものがさほどなかったのだろう。

ただ「ああ、インフルエンザに見舞われずに今日を迎えられてほっとした」と思った

ことは覚えている。

なぜ緊張がなかったのか?

多分じたばたしても今更どうしようもない、と腹をくくることができたのだと思う。

何事もそう思えればいいのだけど。

2月の最終の土曜日、この日が按摩・マッサージ・指圧のペーパー試験である。

部屋を出て冷たい風が吹く中、8時に試験会場に入る。

知らない人たちがたくさんすでに座に着いていた。

まず受験票を忘れず指定された僕の席の机の上の端に置く。

パーキンスとプレストークをセットして、それからトイレにも行っておく。

試験開始まで30分以上あったがあっと言う間に時間は過ぎて、どことなく神聖な空

気の満ちる広い試験会場に問題用紙が配り始められた。

「号令がかかるまで用紙は裏向けておくように」という試験官の声が広い部屋に響く。

そこから長い注意事項が述べられる。

「不正が認められた時には、その場で退場を命じます。

そして同時に以後の受験資格を失くすしますので、肝に銘じて下さい」というとても冷

たい口調の注意事項が耳に残る。

注意事項が終わると、しばし会場はシンと静まり返る。

そしてやがて「始め!」という鋭い声が響く。

14回の閲覧0件のコメント

最終更新: 2019年4月11日


2019、3、29 振り返ると、年が明ける前に国家試験受験申請書なるものを請求し、それが送られて くると申請書の書き方の説明が授業で行われた。 この申請書の作成に間違いがあると、受験できないことにもなりかねないからだ。 そして受験料として数万円が必要となる。 もし合格するとアハキ師名簿(按摩・鍼・灸師の名簿)に登録するのにまた数万円必要 となる。 その受験申込書を郵送してしまうと、数日後に受験票が送られて来る。 手にしたカードに記された自分の五桁の受験番号と名前を確認した時に、ああいよい よなんだな、と思った。 試験会場に持って入るものは、プレストーク(会場で配られるCDロムを入れて再生 して問題が朗読される弁当箱ぐらいの機械)、パーキンス(点字をうつためのかなり重 いタイプライターのようなもの)、それと受験票。 これらの道具はどうしても必要なものなので、在学中に購入した(費用の一部は国か ら支給されるが、パーキンスなどは半分の¥70000を自己負担した)。 どれも機械なので、当日故障なんてことになったら大変である。 試験前のメンテナンスにも費用が掛かった。 入学した時には点字もほとんど読み書きできないし、音声ソフトによるパソコン操作 も手探りだった。 でも三年間必要に迫られて使いこなせなければ置いて行かれる、という切迫感の中で どれも今や使いこなしている。 試験前に、パーキンスのキーをパタパタと指で叩く僕の横で、ある先生が「人間とい うのは大したもんやな」と感慨深くおっしゃったのを覚えている。 これも自分自身の中にある気付かなかった能力の一つである。 ここ視覚支援学校理療科では、晴眼者として普通に生活していた者が、突然失明して 2・3年引きこもった後、資格を手にするため入学し、今まで触れたこともない医学 の勉強を始めるとともに、やったこともない点字を一から勉強して、右も左も分からな いまま日々の困難極まりない授業についていくという、想像も絶する苦労を乗り越え る人たちが少なくないのだ。 しかもその中にはすでに60歳を超えている人もいる。 そういう人たちを見ていると、僕なども甘えたことは言っていられない。 そして三年間がむしゃらに生きてみると、必要にさえ迫られればここまでこなすこと のできる器用さを自分もある程度は持ち合わせているのだ、と発見することができた。


6回の閲覧0件のコメント

最終更新: 2019年4月11日


2019、2、14

その年の国家試験は、有り難いことに我が南大阪視覚支援学校の大会議室で行われた。

ここで説明しなくてはならないのは、我々視覚障害を持つものは、一般の受験者より

も少し時間を延長して試験に臨むことが許されている。

弱視のものや、私のようにデージー(録音された試験問題を耳で聴いて解答する方法)で

臨むものは、どうしても時間を要するためである。

ということで、視覚障碍者は大阪市内の北・南視覚支援学校理療科が合同で国家試験

に挑む。

その会場がたまたま我が学校であったということである。

もちろん出題される問題、その量は一般のそれと同じものである。

「視覚障碍者にとってその仕事に付けなければ生きては行けないのだから、試験も優

遇して欲しい」という意見も時々聞く。

しかし僕はそれは違うと考える。

視覚障碍者が優遇されて社会に出た場合「ああ、あいつは優遇されて資格を手にした

施術者だからな」という目で見られるようになるだろう。

もちろん視覚障碍者が健常者と同じ条件で国家試験に臨むのは、勉強期間の三年間も、

試験当日もハンディーのあることだろう。

でも、やらねばならないのだ。

堂々と胸を張って社会に出て行くためにも。

10回の閲覧0件のコメント

© 茶木鍼灸院 All rights reserved.

  • Black Facebook Icon
  • Black Instagram Icon
  • Black Twitter Icon