「Let's begin、パート12」大阪市、西区、阿波座

今、河村元気という人の小説を読んでいる。

この人は映画プロデューサー、脚本家などを仕事にしている人なので、小説は数える

ほどしかないが興味深いものを書いている。

彼が書くものを要約すると、人間はこの世に生を受けて本来何を求めて生きているの

か?という大テーマがあるようだ。


一つの話では、ある男が宝くじで3億円手にする。

そこで彼はその金を使って自分は何がしたいか、ということを10項目上げてみる。

借金を返す、家を新築する、世界一周の旅、毎週ゴルフに出かけて、毎日高級レスト

ランで食事して高級バーで酒を飲む。

腕組みをしながら考えて10項目上げてみても、どれもこれも心底うきうきはしない。

どれもこれもすぐに飽きてしまうだろうし、今までできなかったことをやってみたい、

というだけの一時的な興味に過ぎない。


また別の話では、病院で後一か月の余命を告げられる。

一か月の間に自分のやりたいことを精いっぱいやろう、と心に決めるが、それを10

項目上げようとしてもなかなか考え付かない。

主人公は呆然としてしまう。

そして最後に思いついたのが、初恋の彼女に10年ぶりに会いに行く、ということだ

った。

ところが彼女に会って余命のことを打ち明けても「そうなの?」と言われただけ。

おまけに付き合っていたころの不満を散々愚痴られて別れた。

女性は決して後ろを振り返らない生きものなのだ。

主人公たちが本当に求めているもの、心から幸せと感じられることは意外に金銭とは

関係のない子と、もしくはさほどの費用を要さないことがほとんどであることに気付く。


自分のことと鑑みても、確かにその通り。

自分が本当に幸せを感じられること、心から求め続けられることは金銭を必要としな

いことばかり。

でも手に入れるのがとても難しいことばかり。

彼の小説で幾度も紹介されるチャーリー・チャップリンの「ライムライト」の中のセ

リフに「人が生きるために必要なのは、切望、勇気、そして少しばかりの金さ」とい

うのがある。

人々は若い時には自分が何が好きなのか、何を求めているのかを探す心を持っている。


しかし年を重ねるごとに金銭を手にすることだけに切望を集約されて行く。

おそらくそれは切望する対象を見失うからだろう。

貧乏な者も欲しいものが手に入らず、金さえあれば幸せを満喫できる、と勘違いし始める。


我々は本当は何を求めて生きているのだろう。

ふと立ち止まって、空を見上げて考えてみる必要があるかもしれない。




閲覧数:3回0件のコメント

最新記事

すべて表示

今朝のヤフーニュースを見て二度驚愕した。 去年に発生していた重大事件が今になって公開されたこと。 膨大に広がる将来を約束されていた少年の命を奪ったのが政府の政策であること。 「ワクチン接種数時間後に急死 「息子は浴槽に沈んでいた…」国の結論はまたも“ 評価不能” 8月25日(木曜日) 17時51分配信 CBCテレビ 新型コロナワクチンを接種したその日に息を引き取った13歳の少年。 少年の搬送先の病

この国の専門家と呼ばれる人たちは、どうしてこうピントが外れているのだろう、と 首を捻ることが三つ出て来た。 一つはコロナ感染対策、もう一つはヒトパピロマウイルス感染予防、それからワクチ ン接種のことである。 コロナ感染対策としてマスコミに出て来る専門家たる医療関係者が皆訴えるのが、手 洗い、うがい、マスク、三密回避である。 ここに鼻うがい、という項目はいつも含まれない。 僕の記憶では、コロナに関わ

浅田次郎の「一刀斎夢録」という長編小説を読み終わった。 新撰組の三番隊長を務めていた斎藤一(さいとうはじめ)が、戊辰戦争の度重なるいくさ を潜り抜け、西南戦争にも参加し70歳を超えた大正時代まで生き延び、剣の道を究 めようとする若い陸軍将校を相手に、京都での新撰組華やかしころから政府軍の反逆 者の位置に追いやられて悪者扱いされて次々無惨な最期を迎えるまでを、記憶を辿って 話し聞かせることが小説にな