「Let's begin、パート14」大阪市、西区、阿波座

皆さんももう気付いていることとは思うが、このところ家庭内の虐待で子供が命を落

としている事件があまりにも多い。

誰もがこの悲惨な事件を直視することができず、別世界の出来事としてそこに視線を

できるだけ向けないようにして生きているはずである。

しかしこれは我々の中にも含まれている問題だろうと僕は考える。


平安時代比叡山で権勢を振るっていた寺の僧兵たちが、定期的に馬で群れを成して京

都の町を襲い、市民に対し殺戮、強姦、略奪を繰り返していた。

秀吉が朝鮮攻略を実行したことで、目的地への行軍途中現地の庶民の家を襲い、楽し

みとしての殺人、強姦、略奪を繰り返した。

大阪夏の陣、冬の陣で、長期にわたって大阪城の周りで駐留していた徳川軍の兵たち

は、毎日のように城周辺の庶民の家を襲い、意味のない殺人、強姦、略奪を繰り返し

ていた。

イギリス人が黒人たちを捕獲し、楽しみのための虐待を行っていたことも同様。

南京攻略の命を受けた日本軍が、南京に到着するまで、また南京市内で行ったことも

同様。

戦時中、国の安全を乱すという理由で、無実の者を捉えて拷問、殺人を繰り返してい

た憲兵。

現在家庭内という閉鎖された空間で、親が自分のいらいらのはけ口、または楽しみの

ために子供たちを虐待する。

これらの現象を僕は「サイコスイッチ」と呼んでいる。

残念ながらすべての人間の中にこのスイッチがちゃんと存在していて、一旦スイッチ

が切り替われば、上記のようなことが起こりえる。

これは「他人に対して権力を持って何を行ってもお咎めなし!」という環境が出来上

がれば群衆意識において発生する。

まさか!

いや、残念ながらそれが人間、いや生物一般なのだ。

どうして我々生物の中にそういったスイッチが組み込まれているかは不明だ。

とにかく我々は協力してその我々自身の中のスイッチが入らないよう、最善の注意を

はらって生きて行かなければならない。

その手立てはやはり教育にあるのではないだろうか。

人の生き方、考え方を解いて行く教育。

しかしその教師、親たちさえがすでにサイコスイッチを入れてしまった者であればど

うすることもできない。

水面下でスイッチオンに何の抵抗もない者たちがどんどん増えているように思える。

クラス内や職場での虐めもそのスイッチが鈍く怪しく光り出だしている具現なのだ。

サイコパスとは精神病というくくりで考えられている。

しかしこれは病気ではなく、我々生物が自然に備えている奥底のスイッチであること

を、まずは認識しなくてはならない。

そしてそれがパチンと入ってしまわないよう、そのために何をどうすればいいかを皆

で考える。

それがまずは子供たちの命を守る第一歩であろうと僕は考える。

閲覧数:4回0件のコメント

最新記事

すべて表示

今朝のヤフーニュースを見て二度驚愕した。 去年に発生していた重大事件が今になって公開されたこと。 膨大に広がる将来を約束されていた少年の命を奪ったのが政府の政策であること。 「ワクチン接種数時間後に急死 「息子は浴槽に沈んでいた…」国の結論はまたも“ 評価不能” 8月25日(木曜日) 17時51分配信 CBCテレビ 新型コロナワクチンを接種したその日に息を引き取った13歳の少年。 少年の搬送先の病

この国の専門家と呼ばれる人たちは、どうしてこうピントが外れているのだろう、と 首を捻ることが三つ出て来た。 一つはコロナ感染対策、もう一つはヒトパピロマウイルス感染予防、それからワクチ ン接種のことである。 コロナ感染対策としてマスコミに出て来る専門家たる医療関係者が皆訴えるのが、手 洗い、うがい、マスク、三密回避である。 ここに鼻うがい、という項目はいつも含まれない。 僕の記憶では、コロナに関わ

浅田次郎の「一刀斎夢録」という長編小説を読み終わった。 新撰組の三番隊長を務めていた斎藤一(さいとうはじめ)が、戊辰戦争の度重なるいくさ を潜り抜け、西南戦争にも参加し70歳を超えた大正時代まで生き延び、剣の道を究 めようとする若い陸軍将校を相手に、京都での新撰組華やかしころから政府軍の反逆 者の位置に追いやられて悪者扱いされて次々無惨な最期を迎えるまでを、記憶を辿って 話し聞かせることが小説にな