「Let's begin、パート16」大阪市、西区、阿波座

先日奈良県郡山市の近鉄郡山駅と筒井駅の間の小さな踏切で、全盲の女性が電車には

ねられ死亡した。

事故の処理に当たった警察によると30代から40代の女性、とされていたが、身元

が分かれば丁度50歳だったらしい。

現場には白杖と障害者手帳の入ったバッグが散らばり、それから本人が倒れていた。

おそらく電車にはねられた、というよりはひっかけられた、という風だったのではな

いだろうか。

でもとにかく彼女は命を落とした。

視覚障害者の世界も狭いので、僕の周りの人間で彼女のことを知っている者がいない

か尋ねてみたが、誰も知り合いはいないようだ。

そのこともあってか、誰もこの事件にさほどの興味を抱いてはいないようだ。

そしてこの出来事も日常の雑多の中に飲み込まれてすぐ忘れられてしまうのだろう。

だが僕は会ったこともないこの女性のことが何故か頭から離れない。


報道から僕が想像するには、現場の状況は以下のとおりであろう。

彼女は新しくこの郡山市の近鉄沿線沿いに引っ越して来た。

だからまだ地域の状況に慣れていなかった。

にも拘わらず一人で白杖一本で歩行していた。

買い物に出たか、もしくは訪問治療で慣れないところに出向いていたのかもしれない。


住宅街を抜けて踏切に差し掛かった時、遮断機は下りておらず静かだった。

踏切前に点字ブロックは設置されていたが、一部だけだったか、もしくは古くてすり

減って足で触知できないほどだったか。

とにかく彼女は気付かず線路内に踏み入った。

その時タイミング悪く鐘が鳴り始め、遮断機が下りた。

彼女の白杖にコツンと遮断機が当たる。

彼女はその前で電車の通り過ぎるのを待った。

しかし実はその遮断機は手前側ではなく線路の向こうのバーだったのだ。

近づいて来た電車は線路内に人がいることを発見して、急ブレーキをかけながら警笛

を鳴らした。

でも彼女はその警笛をもっとバーから離れろ、という意味だと思って後ずさりした。


視覚障害を抱えながらも、勉強して学校を出て、資格を獲得して鍼灸マッサージの分

野で仕事をしていたかもしれない。

結婚して子供を生んで、不自由ながらも様々な困難を乗り越えて家庭を築いていたか

もしれない。

50歳と言えば今日日まだまだ女ざかりである。

そのいろんなことのあった半生は瞬きもできないほどの一瞬に消滅してしまった。

彼女自身何が起こったのか分からないままだっただろう。


これは我々視覚障害を持ったものにとっては他人事ではない。

ほんの一瞬の勘違い、思い違い、考え事をしたほんの一瞬の不注意が命取りになるこ

とが有り得る。

突然に地面が消えることもあるし、何の予兆もなく硬い壁や柱が襲い掛かってくるこ

ともある。

歩行中はとにかく一時も気を抜くことは許されない。

常にいろんなことを想定し、緊張しながら歩き通し帰宅する。

家のドアに辿り着いた時には、ああ今日も何とか生きてここに帰って来た、と胸をな

でおろすのだ。

そして長い緊張からぐったり疲れている。

彼女もそんな風に家に辿り着いて、一日の疲れを癒し家族と食事して、楽しく眠るは

ずだったのだ。


是非とも彼女が次の肉体を与えられてこの世界に生まれて来る際は、視力を有して夕

暮れの茜色の空や、きらきら光る海の水平線。

愛する男性や我が子の瞳に浮かぶ様々な心の影や、色とりどりに美しく盛られた料理

の皿。

鏡に映る自分の顔と髪型と買ったばかりのワンピースを身に付けた姿。

そんなものたちを心行くまで見つめて、胸を締め付けられたり、ときめかせたりして

人生を楽しめることを、僕は胸の内でそっと祈っている。

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