「Let's begin、パート22」大阪市、西区、阿波座

このところデパートの紳士物の服や靴を見ていても、オシャレ、と言えるようなセン

スのものが見られなくなって来た。

どのメーカーのデザイナーもセンスが消失し、且つ怠けているのでは、と思っていた

が、どうやらそうではないようである。

ちょっと変わった物、目立つ物を作っても誰もそれを買わないのだ。

結果やはり売れる物を作るとなると、どうにもつまらない商品ばかりになってしまう。


これは紳士物に限って見られる傾向かもしれない。

いまの男性の世代は、とにかく目立たず、個性を消して、誰の視線にもさらされずに

生きていくことが主眼に置かれるようになって来たのではないだろうか。

そのためにはマスクはもってこいの道具である。

ウィルスがいなくなっても止められない重要なアイテム。


ラジオで瀬戸内寂聴の実話を小説化したものを映画化した作品「あちらにいる鬼」の

紹介があった。

井上光晴という当時有名な作家がいたのだが、これが女と見れば片っ端から手

を出す悪いやつで、だからこそと言うべきか女から見て何とも言えない魅力の深い男

で、瀬戸内寂聴はこの井上と恋に落ちていく。

井上の奥さんも変わった人で、旦那の浮気相手と知りながら瀬戸内寂聴を家に招い

て手料理をふるまうシーンもある。

何よりもびっくりするのが、この小説を書いたのが井上夫婦の娘なのだ。

彼女も父親と同じ小説家の道を歩むのだが、父親とその浮気相手の女性、そしてそ

こに関わる母親を見事に描いていく。

「貴方良い人ね」というのが褒め言葉であるとは限らず、悪い男、という表現の中に

女から見た深い魅力を表すこともある。

もちろんこの井上は悪い男、という観点だけではなく、そこにチラっと見える何とも

言えない優しさがあるのだ。

この優しさは女をタラすためではなく、内面からの本質的な優しさだからこそ女がと

ろけるのだろう。

近頃はそのような意味の「悪い男」もいなくなった。

ただの悪い男はいつの時代もいるけれど、魅力のある悪い男、というものは消滅して

いくのだろう。

女性から見ても、心から惚れ抜いて命をかけて恋をする、という対象の男がいなくな

る、ということでもある。

小説の材料も無くなっていくのかもしれない。

そういう意味では、瀬戸内寂聴の生きたのは面白い世代だった。


紳士服売り場の商品と同様、男たちから個人の特徴、個人の表現、個人のセンスが摘

み取られて行く原因は、もちろん今の日本社会の傾向から起こるものである。

どの男性もスマートで、礼儀正しく、親切で、優しい。

すべてのお母さんが求め続けた息子像がそこに具現化した。

でもそこには命をかけて女を狂わすような魅力は存在しないのかもしれない。

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