浅田次郎の「一刀斎夢録」という長編小説を読み終わった。

新撰組の三番隊長を務めていた斎藤一(さいとうはじめ)が、戊辰戦争の度重なるいくさ

を潜り抜け、西南戦争にも参加し70歳を超えた大正時代まで生き延び、剣の道を究

めようとする若い陸軍将校を相手に、京都での新撰組華やかしころから政府軍の反逆

者の位置に追いやられて悪者扱いされて次々無惨な最期を迎えるまでを、記憶を辿って

話し聞かせることが小説になっている。

新撰組の内部では、居合術の名手だった斎藤一は暗殺を行う殺し屋のような役割

だったようだ。


幕末のややこしい様々な事情が初めて頭で整理されて解決されたような気がした。

大きく分けていわゆる幕府と長州藩と薩摩藩の立ち位置である。

大政奉還と王政復古の意味も少しは分かった。

幕府軍も倒幕軍も皆揃って抱いていた危惧。

それは海外の国々からの侵略である。

イギリスやロシアがあちこちの国を力で侵略し、どんどん植民地の手を広げていた時代、

いずれ日本も彼らに植民地とされてしまうことが明白だった。

だから今までのように徳川幕府中心の政治では太刀打ちならない、という焦りがあった。

幕府は幕府で今まで通り士族を中心に海外からの防御を考えて行けばよい、と思って

いたようだ。

その結果薩長軍と幕府軍がぶつかり、徳川慶喜がどこかに逃げてしまい、幕府軍は頭

を失くした軍隊となってちりぢりばらばらになって、薩長軍が勝利し明治政府が開かれる

こととなる。


この本の中で、目を剥くような新事実が幾つか記してあった。

まずは坂本龍馬を暗殺したのは京の町の見廻組、と呼ばれる幕府の武士たちとされて

いるが、実はこの斎藤一が一人でやったことと言うのだ。

それと西南戦争で西郷隆盛が明治政府に反旗を翻して国賊となって死んだ、その本当

の理由。


幕府側に付いていた薩摩藩が、坂本龍馬の働きによって長州藩に寝返り薩長軍が形成

された。

幕府側にしてみれば大きな裏切りであり、巨大な倒幕軍の誕生を後押しした坂本龍馬

が許せなかった。

幕府から降りて来た命が坂本を秘密裏に消せ、というもので、それを実行したのが斎藤一

ということになる。

そんな説は聞いたことがなかった。

本では斎藤が京都近江屋で坂本、中岡を殺害する経緯と方法が細かく記されている。


今一つは明治十年に勃発した西南戦争である。

明治となって十年過ぎ、すでに新政府は機能していて、西郷も陸軍大将としてその明治

社会に組み込まれて働いていた。

にも拘わらず西郷は突然士族たちを引き連れて九州に立てこもり、明治政府に反旗を

翻したのだ。

この西郷のやったことの意味がよく分からないままであった。

おそらく明治政府を開いたものの、大久保利通と仲違えしての行動だろうと理解していた。

しかしこの本では、学校の教科書、またはNHKの特番などで聞いていた事実をひっくり

返すような新事実が書かれている。


明治政府が開かれたことで封建制度下の特権を失った不平士族の先頭に立ち、政府に

反旗を翻した西郷は、最後には鹿児島の城山に立てこもるが、政府軍に包囲され攻撃

を受ける。

「もうここでよか」と西郷は告げ、仲間と共に銃弾飛び交う中へと城山を走り降りる。

銃弾を受けた西郷はその場で自決したと言われている。

この一連の西南戦争自体が、西郷と大久保によって仕組まれた大芝居であるというのだ。


倒幕を成し得て明治政府を開いたはいいが、なお二つの大きな問題を抱えていた。

一つは何百年続いて来た武家社会。

百姓から吸い上げた年貢から大名たちの石高によって配当される取り分。

大名に追随するこもごもの武士たち。

彼ら武家はいくさがなくてもその取り分は変わらず、家来たちを養いながら生活を

維持できた。

ところが明治政府が立ち上がり、廃刀令、断髪令が発布され武士は特権を奪われ、

とても安い賃金で区役所に働きに出たり、教師をやったり、悪くすると物乞い同然の

生活に落ちて行った。

日本全国にいる武家のすべてが不満を爆発するべく鬱鬱としていたのだろう。

この状態では海外からの侵略に立ち向かうことはできない。

今一つは再び政権を朝廷に戻し、尊王攘夷の国を取り戻すこと。

いくさに勝利するには、軍力が勝っているだけではだめだという。

戦う戦士たちが心を一つにできる国の頭たる存在がなければ、真の力を発揮すること

はできないという。

蟻たちが自分たちの中から女王蟻を仕立てて群衆を一つにまとめることを見ても、

やはり我々が一丸となって力を発揮するには、どうしても頭たる存在が必要となるの

だろう。


この二つの大問題を解決すべく、西郷が結論付けた策とは。

自分と薩摩藩を犠牲にして日本を一つにまとめ、いち早く海外への防衛を成立させる

ことだった、という。

どうして西郷が幕府軍に反旗を翻すことでそれが成立するのか、今一つ理解できない

が、とにかくそのことで数十年後には大国ロシアに勝利するという偉業を成し遂げる

ことに繋がる。

武家の不満を爆発させ、明治政府の最新型の軍隊の前には歯が立たないことを知らし

め、自分が負けて死することで真に武家社会に幕を引くことができると考えたのかも

しれない。

日本国の未来のために自分を犠牲にした、ということか。

大久保利通は西郷のシナリオ通りに動いたに過ぎない、という。

もしこの話が真実とすれば、西郷はどこまで大物なのだ、という感動に打ち震える。

英雄として彼の死後二十年後に上野の山に三メートルの銅像が建てられて当然、

ということになる。

この本によれば、西郷隆盛こそが現代の日本国の礎を築いたということもできる。

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今読んでいる本が浅田次郎の「あやし うらめし あな かなし」という短編集で、

その中にお女郎さんと帝大の学生が心中する話が出てくる。

女性はまだあどけなさの残る二十歳前である。

当時の多くの女性は親に売り飛ばされて、金で売買された瞬間から人ではなく物となる、

という一文が出てくる。

そして長い年月奴隷としてどのような悲惨な運命を辿ることか。

僕は昔からこの何百年続いた廓制度というものに深い憤りを抱いてきた。

そして1945年敗戦と共にアメリカ軍の統治下のもと、この廓制度も廃止された。

敗戦は辛く悲しい、そして水面下で今も続く辛い歴史だが、廓制度という

ものが消えて、大人たちの身勝手さから売り飛ばされ続けた罪もない少女たちの

運命が救われたことで、ほっとする一面もある。

ロシア革命によって金のあるものが貧乏な人々を物として扱う奴隷制度が消え、

太平洋戦争での敗戦によって日本の奴隷制度にもピリオドがうたれた。

そして今ウクライナで再び同じような犠牲となっている女性たちがいる。

ロシア人たちの戦場での性暴力は、昔日本人がロスケと罵った通り酷いもので、

それは何百年経っても変わらないようである。


昔の日本の廓の話を聞かされても、ドラマの中のこと、遠い伝説のようなことと思う

だろう。

でもほんの75年ほど前まで大々的に認められていた制度だったし、戦後でも水面下

では継続して来たことなのだ。

生きるためとはいえ、親が娘を、今で言う反社会団体に売り飛ばす。

娘がどんな目に合うかは親たちは分かっているはずだ。

家にいるよりは良いものが食べられて、うまくすれば綺麗な着物も着ることはできた

だろう。

でも監禁されて反吐を吐くようないやな仕事を毎日毎日やらされる。

難波病院に送られでもしたら、死ぬより辛い毎日だったという。

そして自ら命を絶つか、病気で苦しんで死ぬか。

そんな罪もない彼女たちを世間は女郎と言って蔑む。

年季が明けて家に戻れたとしても、親はやっかいものとして顔をそむける。

そんな酷い話を忘れていいのか。

そんな彼女たちの運命を昔話として遠いところに置いて白々しく眺めていいのか。


こんなことに思いを巡らせてずっと憤っているのはぼくだけだろうか。

他人の苦しみを我が身に置き換えて感じようとする行為。

それを薄れさせると再び我々の中に備わっているスイッチがカチンと音を立てて入る。

倫理がかき消され、教育が崩壊し、社会が欲望と憎しみに侵食され始める。

それが親の愛を受けられない子供たちの目つきを変え、貧困が他者を大事にする心を

喪失させる。

それが今まで何度も何度も繰り返されて来た無自覚さだ。

結果誰かの金儲けのために誰かを苦しめ続けることを何とも思わなくなる。


僕は、せっかくこの世に生を受けて女性として当然与えられた自由という権利を、誰

かの金儲けのために踏みにじられ、淡雪のように消えて行った人たちの魂を、ことある

ごと心の中、鎮魂の祈りを捧げたいと思う。

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僕はこのブログでもっと楽しいこと、美しいこと、感動的なことを書くべきなのだろう。

でもどうやらいつも悲しいこと、ショックなこと、疑問に思えること、腹の立つこと

ばかりになっている。

僕の人生だって楽しいことや感動的なこともあるのだ。

でもさて思いを 文章に、となるといつもこうなる。

それはやはり僕がオヤジとしてボヤキになってきているからだろうか。

いや、日本の世間がいやなこと、醜いことから目を反らせて楽しいことだけで笑いな

がら、仮の世界を作りたがっているという風に僕には感じられて仕方ない。

僕は僕の中に湧き上がって来る疑問、疑念を大事にしたい。

でもこの国の中ではそれは理屈っぽい、語りがりや、邪魔臭いやつ、と顔を背けられる。

ドイツでは(僕はドイツのことしか分からないが)理屈は当然の個人の主張だったのだ

けれど。

個人の理屈を通すだけの力がなければバカにされる国なのだ。


ということで、僕も普段から抱いている疑念、疑問を個人の理屈、として通して行き

たいと思う。

今日語りたいのは、マスクのことである。

マスクとワクチンは、僕の背骨をしばしば冷たい何かでそっと撫でる。

この数年でマスクはこの国での常識となってしまった。

この日本政府までが「屋外ではもはやマスクを着用する必要はない」と言い出している

にも拘わらず、未だ町を行く人々のほとんどはマスク姿である。


以前ドイツで暮らしていた時、僕は外から日本という国を客観的に眺める機会を得た。

そして日本が、いや日本人が世界全体から見てかなり異常な人種であることに気付いた。

その異常さは時にはとても良い方向に、時には背骨が凍る恐ろしい方向にも作用する

ことにも思い至った。

一言で言えば、ものすごく集団性が強いのだ。


群れながら生きる生物は集団性で成り立っている。

蟻のように集団で行動することで、それが一個の生命体が如く動いて象を倒すことに

も至る。

もちろん我々人間もそうであるが、日本人の集団性は他の国に比べて度を越している

のかもしれない。


数年前から新型コロナウィルスの感染が国内でも蔓延し、国民全員がぴったりと足並

みを揃えてマスクを着用した。

一部の根拠もなく反抗するオジサンたちは着用を拒否して皆から睨まれた。

こうなると「我々は苦しいマスク着用を守っているのに、おまえはなにを一人で楽を

して感染を免れているのだ、もしくはウィルスをまき散らしているのだ!」という集団が

結束する大流が生まれる。

このような非常時に即座にピタリと足並みの揃う国民性のすばらしさ。

この集団性が象をも倒す蟻の結束である。

一方集団から見た異物、足並みを乱そうとする存在に対しては、流れから排除しよう

とする凄まじい力が生まれる。

もはやマスクもワクチンも揺るぎない正義なのだ。

正義の旗の下に悪を排除することは、当然許された正しい行為なのだ。


ここで視点を変えて、マスクというものをもう一度見分してみよう。

コンビニで売っている、数枚数百円の紙切れ。

これを口に当てて暮らすことが本当に感染拡大に歯止めをかけているのか?

言うまでもなく自分の身を守るためには何の役にも立たない。

もし空気中にウィルスが存在すればイケイケでマスクを超えて入って来る。

ウィルスはミクロに小さく、コンビニマスクの表面に空いている穴はとても大きい。

マスクの横も全く皮膚に密着していない。

マスクをして息ができる、ということはウィルスもイケイケであるということである。

N95マスクであれば身を守ることも可能かもしれないが。

テレビの専門家は不織布マスクならウィルスを付着させて捉える、などと言っている

そうだが、そんなことは到底信じられない。

ただ、自分が感染していて、飛沫を飛ばさず人に感染を及ぼさない、という意味では

やや意味のあることなのかもしれない。

そんな中、皆がマスクを着用していたにも拘わらずベータ株やデルタ株の際広く蔓延

したのはどうしてだろうか。

飛沫感染、接触感染、空気感染の違いも知らねばならない。

人々はただただテレビのワイドショーに出て来る専門家たる者の指示することを鵜呑

みにするしかない。

要するに集団の大きな流れとなった民衆をどこかに誘導するのはいとも簡単なこと、

と言わざるを得ない。


今となってはマスクとはどのような民衆意識を反映しているのだろうか。

見回すと皆着用しているから。せずにいるとジロっと睨まれるから。

皆と違うことをする勇気がないから。流れを乱す異物として処理されたくないから。

という無意識な心理が僕には感じられる。

2022年の夏、すでに誰も感染防止のことなど意識にはないのではないだろうか。

にも拘わらず、町ではほとんどの人がマスクを着用している。

いつ着用を取りやめるチャンスを得るのだろう。


この日本人特有の心理は、数十年前僕が生まれる前のこの国の集団心理を思い起こさ

せる。

誰もが一丸となって国のために大きな戦に立ち向かっていた。

戦地で銃剣を手に戦う者だけではなく、国内で留守を守る者たちも足並みを揃えて勝

つまでは欲しがらず、家の灯りを消し、工場に出て働き、戦地に出向いて行った息子

たちのために祈った。

そんな中、召集令状を受け取っていながら戦地に赴くことを拒否して逃げた男がいた。

異国に送られ、恨んでもいない他人を殺したり、殺されたりすることに疑問を抱いたのだ。

憲兵がその男を捜し出し連行し、拷問を課した上殺害した。

男は非国民として罪人と扱われたのだ。

街の人たちはこの男が気の毒、と思っただろうか?

いや、当然の報い、と考えたことだろう。

親も息子を殺害されたことを恨むよりも、息子を恥と考え、夜中にそっと街を出たはずだ。

もちろん数十年経った今なら、何が正当で、何が間違った心理なのかは明解である。

ただ当時集団意識から生まれた巨大な流れのようなものの中で、疑念を抱いたり、一

人でそれに逆らおうとしたものは排除されてしまった。

これが戦争という非常事態の真の恐ろしさだと僕は考える。


もちろん当時の日本国民の意識と、今のマスクを一緒には考えられないだろう。

でも集団性の強い我々が瞬く間に作り上げる大流のすばらしさと恐ろしさを、常に冷

えた頭で危惧したいのである。


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