先日奈良県郡山市の近鉄郡山駅と筒井駅の間の小さな踏切で、全盲の女性が電車には

ねられ死亡した。

事故の処理に当たった警察によると30代から40代の女性、とされていたが、身元

が分かれば丁度50歳だったらしい。

現場には白杖と障害者手帳の入ったバッグが散らばり、それから本人が倒れていた。

おそらく電車にはねられた、というよりはひっかけられた、という風だったのではな

いだろうか。

でもとにかく彼女は命を落とした。

視覚障害者の世界も狭いので、僕の周りの人間で彼女のことを知っている者がいない

か尋ねてみたが、誰も知り合いはいないようだ。

そのこともあってか、誰もこの事件にさほどの興味を抱いてはいないようだ。

そしてこの出来事も日常の雑多の中に飲み込まれてすぐ忘れられてしまうのだろう。

だが僕は会ったこともないこの女性のことが何故か頭から離れない。


報道から僕が想像するには、現場の状況は以下のとおりであろう。

彼女は新しくこの郡山市の近鉄沿線沿いに引っ越して来た。

だからまだ地域の状況に慣れていなかった。

にも拘わらず一人で白杖一本で歩行していた。

買い物に出たか、もしくは訪問治療で慣れないところに出向いていたのかもしれない。


住宅街を抜けて踏切に差し掛かった時、遮断機は下りておらず静かだった。

踏切前に点字ブロックは設置されていたが、一部だけだったか、もしくは古くてすり

減って足で触知できないほどだったか。

とにかく彼女は気付かず線路内に踏み入った。

その時タイミング悪く鐘が鳴り始め、遮断機が下りた。

彼女の白杖にコツンと遮断機が当たる。

彼女はその前で電車の通り過ぎるのを待った。

しかし実はその遮断機は手前側ではなく線路の向こうのバーだったのだ。

近づいて来た電車は線路内に人がいることを発見して、急ブレーキをかけながら警笛

を鳴らした。

でも彼女はその警笛をもっとバーから離れろ、という意味だと思って後ずさりした。


視覚障害を抱えながらも、勉強して学校を出て、資格を獲得して鍼灸マッサージの分

野で仕事をしていたかもしれない。

結婚して子供を生んで、不自由ながらも様々な困難を乗り越えて家庭を築いていたか

もしれない。

50歳と言えば今日日まだまだ女ざかりである。

そのいろんなことのあった半生は瞬きもできないほどの一瞬に消滅してしまった。

彼女自身何が起こったのか分からないままだっただろう。


これは我々視覚障害を持ったものにとっては他人事ではない。

ほんの一瞬の勘違い、思い違い、考え事をしたほんの一瞬の不注意が命取りになるこ

とが有り得る。

突然に地面が消えることもあるし、何の予兆もなく硬い壁や柱が襲い掛かってくるこ

ともある。

歩行中はとにかく一時も気を抜くことは許されない。

常にいろんなことを想定し、緊張しながら歩き通し帰宅する。

家のドアに辿り着いた時には、ああ今日も何とか生きてここに帰って来た、と胸をな

でおろすのだ。

そして長い緊張からぐったり疲れている。

彼女もそんな風に家に辿り着いて、一日の疲れを癒し家族と食事して、楽しく眠るは

ずだったのだ。


是非とも彼女が次の肉体を与えられてこの世界に生まれて来る際は、視力を有して夕

暮れの茜色の空や、きらきら光る海の水平線。

愛する男性や我が子の瞳に浮かぶ様々な心の影や、色とりどりに美しく盛られた料理

の皿。

鏡に映る自分の顔と髪型と買ったばかりのワンピースを身に付けた姿。

そんなものたちを心行くまで見つめて、胸を締め付けられたり、ときめかせたりして

人生を楽しめることを、僕は胸の内でそっと祈っている。

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近年食べ物に関してはどうも日本食ばかりに気が向く。

鰹、昆布、いりこ出汁の香りの料理がとにかく何ともほっとした気持ちにさせてくれる。

そういった出汁の香りを嗅ぐと、いつもお婆ちゃんの家が目に浮かぶ。

京都の御所の近くのとても古い町屋。

犬矢来の脇の格子戸を開けて暗い家に入ると、石の床の廊下が裏庭まで真っ直ぐに伸

びている。

鰻の寝床である。

廊下の左に、台所を挟んで三つの大きな部屋が細長く並んでいる。

台所にも部屋にも窓と言うものがない。

突き当りの狭い縁側からのみ陽の光が入って来る。

家中には鰹出汁と昆布出汁の香りが充満していて、何十年の暮らしで染みついた糠の

香りが漂っていた。

綺麗な京都弁を話すお婆ちゃんが台所から顔を出して「はい、いらっしゃい」と微笑む。

ああ、あの嫋やかな京都弁を僕はいつも傍らで耳にしていた。

今はもうどこに行っても聞くことができない言語。

古い町屋、鰹出汁の香り、お婆ちゃんの京都弁。

それらが一体となっていつも美しい記憶として蘇る。

固形や粉の市販される出汁の香りでは、あの記憶は蘇らない。

出汁を取って料理をするという日本の味覚は、なんと美しい文化であろうか。

今となってみれば、僕にとっての故郷である京都は、母親よりも祖母に端を発してい

るようにさえ思える。

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皆さんももう気付いていることとは思うが、このところ家庭内の虐待で子供が命を落

としている事件があまりにも多い。

誰もがこの悲惨な事件を直視することができず、別世界の出来事としてそこに視線を

できるだけ向けないようにして生きているはずである。

しかしこれは我々の中にも含まれている問題だろうと僕は考える。


平安時代比叡山で権勢を振るっていた寺の僧兵たちが、定期的に馬で群れを成して京

都の町を襲い、市民に対し殺戮、強姦、略奪を繰り返していた。

秀吉が朝鮮攻略を実行したことで、目的地への行軍途中現地の庶民の家を襲い、楽し

みとしての殺人、強姦、略奪を繰り返した。

大阪夏の陣、冬の陣で、長期にわたって大阪城の周りで駐留していた徳川軍の兵たち

は、毎日のように城周辺の庶民の家を襲い、意味のない殺人、強姦、略奪を繰り返し

ていた。

イギリス人が黒人たちを捕獲し、楽しみのための虐待を行っていたことも同様。

南京攻略の命を受けた日本軍が、南京に到着するまで、また南京市内で行ったことも

同様。

戦時中、国の安全を乱すという理由で、無実の者を捉えて拷問、殺人を繰り返してい

た憲兵。

現在家庭内という閉鎖された空間で、親が自分のいらいらのはけ口、または楽しみの

ために子供たちを虐待する。

これらの現象を僕は「サイコスイッチ」と呼んでいる。

残念ながらすべての人間の中にこのスイッチがちゃんと存在していて、一旦スイッチ

が切り替われば、上記のようなことが起こりえる。

これは「他人に対して権力を持って何を行ってもお咎めなし!」という環境が出来上

がれば群衆意識において発生する。

まさか!

いや、残念ながらそれが人間、いや生物一般なのだ。

どうして我々生物の中にそういったスイッチが組み込まれているかは不明だ。

とにかく我々は協力してその我々自身の中のスイッチが入らないよう、最善の注意を

はらって生きて行かなければならない。

その手立てはやはり教育にあるのではないだろうか。

人の生き方、考え方を解いて行く教育。

しかしその教師、親たちさえがすでにサイコスイッチを入れてしまった者であればど

うすることもできない。

水面下でスイッチオンに何の抵抗もない者たちがどんどん増えているように思える。

クラス内や職場での虐めもそのスイッチが鈍く怪しく光り出だしている具現なのだ。

サイコパスとは精神病というくくりで考えられている。

しかしこれは病気ではなく、我々生物が自然に備えている奥底のスイッチであること

を、まずは認識しなくてはならない。

そしてそれがパチンと入ってしまわないよう、そのために何をどうすればいいかを皆

で考える。

それがまずは子供たちの命を守る第一歩であろうと僕は考える。

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