最終更新: 2019年7月23日


2019、2、10


2017年の年明けから国家試験本番の2月最終土日まではあっと言う間だった。

今更どこを集中的に勉強すればいいかも分からない。

三年間一心不乱に培ってきたものが自分のものになっていることを信じるしかない。

それで2月に入ったぐらいから変に落ち着いて来た。

毎日のんびりと三年間の資料を見直す日々。

後問題は、現在周りで流行っているインフルエンザに感染しないことだが、考えた末

予防注射は受けないことにした。

学校としては煩くワクチン接種を勧めていたが、今まであえて手を出さなかったので

それを今回も貫くこととした。

もし高熱を出して試験が受けられないとしても自業自得だ。

2月に入るとほとんど授業はなく、自宅で静かに勉強したいものはそのように、学校

で質問したいものはそのようにと、先生方は教室で待機して下さっている。

僕はほとんど登校し、様々な先生に質問しながら日々を送った。

今から思えば、培った知識を確認したり、分からないで放置したままになった問題点

を解決したりするような作業を、どこかで楽しんでいたようなところがあった。

京都の盲学校に在学していたころは、何とかめんどくさい勉強から逃れることばかり

を考え、ギターばかり弾いていた。

勉強することは根っから嫌いで、不得手なことと決めつけていた。

それは興味の持てないことばかりだったからだ。

でも50を超えてから三年間机の前に座ってみて、それがさほど不得手なことでもな

いことに気付いた。

そしてもう一つ大きな発見は、自分には僕自身が驚くほどの粘りがあるということ。

ここで声を大にして言えることは、粘りさえあれば頭の悪さはある程度までカバーで

きる、ということ。

そして逆に頭が良くても、粘りがなければそれは結果を齎さない、ということ。

そしてまた、粘りは心の底で好きなことだからこそ引き出せるエネルギーである、と

いうこと。

これがこの三年間で発見した気付かなかった自分の力であった。

そして結果国家試験前日を、とても体調の良い状態で迎えていた。

土曜日の朝はいつも通りの5時に起き、ゆっくりと朝食を取って、少し資料に目を通

してから試験会場に向かった。

底冷えのする寒い朝だった。

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最終更新: 2019年4月11日


2018、11、1

ある先生が「正月三が日ぐらいは遊んでください、高くジャンプするときには一度し

ゃがまないといけません」とおっしゃった。

でもやはり正月二日目からパソコンに向かっていた。

何かやっていないと逆にストレスになる、というのが受験生の病気ともいえる。

三が日は子供のころからずっとそうであったように、やはり曇り空だった。

年明け登校するとすぐに実力テストである。

まるまる二日間、朝8時から夕方4時まで缶詰になって、国家試験本番さながら全国

模試を受ける。

恐ろしく難しい。

全国の理療科の先生が問題を出し合って試験問題を作るらしい。

「わしはこんな難しいことも知っとるんだぞ!どうだこの問題は盲点を突いた素晴ら

しい出題だろう!」という、先生同志の見栄の張り合いがにじみ出たものだ。

国家試験を一か月前に控えた学生たちに、踏まえておくべき基礎的な知識の確認とい

う配慮は全くない。

だから国家試験に臨む自分たちが今どの辺りのレベルであるかを知る手がかりには全

くならない。

結果我々の自信を喪失させることだけが目的、というものになっている。

そのようにしていよいよ三年生の学期末が始まった。

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最終更新: 2019年4月11日


2018、9、15

三年生の夏休みを過ぎて二学期に入ると先生方の目の色が変わってきて、一層厳しい

指導に変化し、授業内容もすべてのプログラムを終え、総合的な復習に入っていった。

三年間の多くの授業の内容があまりに膨大なため、どこをどう復習して行けばいいかにも

途方に暮れる。

来る日も来る日も過去問や先生方が作成された総合問題を解いて行く毎日。

そんな秋も深まる11月ごろ、大変なことが起こった。

学校でパソコンに向かって勉強していたある日、おかしな操作をしてしまったのか、

もしくはパソコンの不具合からなのか、突然過去のデータがすべて消えてしまったのだ。

僕は一瞬眩暈がした。

勉強に関する資料はすべてパソコンにしかないのだ。

でももちろんバックアップは取ってあった。

でもそれは半年間怠っていて、国家試験への追い込みに関する資料、大量に解いた

問題集、追い込みに関して先生から個人的に頂いた大事な資料、半年間の授業の

プリントなど、すべて失ってしまった。

何故この時期にこのようなトラブル。

僕は機械と見えない運命を呪った。

職員室に行き、各先生の机を回って、再度もらえる資料は事情を説明した上、

もらって回った。

でも僕はパソコンに入れた資料の端々に授業で先生が述べられた大事なことを

メモしていて、それがとても大事と考えていたので落ち込んでいた。

それはいくら再度資料をもらっても取り返しはできないのだ。

職員室でのそんな僕の姿を見て、ある先生がおっしゃった。

「失った資料の内容は、すべて茶木さんの頭の中にバックアップされていますよ」

まったく慰めにはならなかった。

「そんなこと言ってみたいもんだ!」と心で呟いてとぼとぼ帰宅した。

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